Sleep tight

ステエションズ vo,gt

2020.06.27

孤独で在ればいいと思う。わたしも貴方も、彼女も。

透明なひと。人一倍繊細で可愛く、人間らしい彼女の日記は茶目で、奇麗で、しかし常に悩み続けており、孤独で、不安定だった。「他者を通じてしか自己を知ることができぬ。他者の中でしか存在できぬ、他所との関係においてしか自己は存在せぬ。自己とは? 自己とは? 自己とは?・・・・・・」 (二十歳の原点から引用)  自己とは、何なのだろう。取り敢えず 自己 とは で検索をかけてみる。心理学において、自分によって経験または意識される自分自身を指すらしい。今のわたしが思う自己とは。彼女の言う通り、他者を介入しない自己というものは無い気がする。だからといって他者の中でしか存在出来ないと言い切れるようなものでは無いと思う。全ては自分自身の経験であり、音楽でも、絵画でも、文章でも、写真でも、「ひとの手でこの世に存在しているもの」から衝撃や影響を受け、自分自身が構成されていく。己の感性だけで産み出すものもあるにはあるだろうが、色んなものに触れ、色んなひとに触れ、刺激を得ることこそが自己の基盤なのでは無いか、と思う。彼女を通じて自己を知るわたしはきっと彼女より賢くは無いだろうが、柔らかな思想と、健やかな精神(決して彼女を不健康と言っているのではない)を持っている。考えることが出来る、というのはとても素晴らしい。文中に何度も書かれる「自己と他者」について、わたしなりの意見を書いてみたくなったので書いた。この本を読んで痛感したことはわたしは決して論理的なタイプでは無いということだ。九割感情論で生きている。と思う。身近に起こっている事柄、それ以外の事柄であっても物事をフラットな目線で考えるということが大事だということを学んだ。色々な自分を知りたいし、きっとその方が面白い。わたしは面白いことがしたい。これにも理由は無いし、筋道など何も無い。

彼女の詩はとてもうつくしかった。いつも唐突に書かれる詩は、どんなものを見、感じ、どんな世界で生きていたら生まれる言葉なのか想像もつかなかった。二十歳、煙草を吸い、酒を飲み、アルバイトをし、本をよく読む、音楽が好きな女の子。写真の彼女は明るく朗らかな表情をしていて、可愛らしかった。何処にでもいそうな女子大生だ。孤独を抱えているようには到底見えない笑顔だった。学園紛争の描写はあまり背景が理解できないまま読み進めたが、一言で言い表せば「時代」というもの、なのだろうか。詳しくはこれから調べてゆこうと思う。時折、自殺の真似事をする描写がある。「このノートに書いているということ自体、生への未練がまだあるのです。」(二十歳の原点から引用)と日記には書かれてあった。人など信じない、「独りである」とあらためて書くまでもなく私は独りだ、独りである心強さも寂しさも感じない。日記後半は文章の激しさが増していく。わたしがもし彼女と同じ時代に生きていたとしたら、彼女の孤独に気付けたのだろうか。胸が痛かった。睡眠薬を飲んでも寝付けなくなった彼女。六月二十二日の日記とその後に書かれた詩以降、日記は止まる。旅に出よう、とはじまる酷くうつくしい詩だった。起床した瞬間、駅のホームに向かう道中、アナウンス、雑踏、列車の音、飛び込む瞬間。最期に彼女は何を思ったのだろう。何を思っていたのだろう。

孤独で在ればいいと思う。わたしも貴方も、彼女も。考えることなど一旦辞めにして、気の合う友人と時間を過ごし、場合によっては学校などサボり、煙草を吸い、酒を飲み、二十歳という若い肉体、心で、今しか出来ないことを。朝は夜に、夜は朝に。孤独なままでいい。孤独で在れ。わたしは生きている。