Sleep tight

ステエションズのうたとギターをしています

生活

回送列車が止まっている。車庫への待機中なのだろう、うすい黄色のひかりがクリスマスシーズンの御堂筋に灯るイルミネーションのように続く。赤い目で見上げた空に明るい星が点々とひかっていた。動画を撮ろうとしたけれどiPhoneには写らない。福島で見た、目を見張るほどの星空を思い出す。子どもの頃にプラネタリウムでみた空よりはるかに明るくて繊細で、きれいだった。相手は絶対にそのつもりは無いのに、勝手に自分のすべてを否定された気になってしまう時がある。やさしさだと分かっていてもどうしてもそのやさしさを受け取れなくて落ち込んでしまうときがある。じぶんの全てが嫌になってしまうけれど、疲れた夜にこれ以上考えごとをするともっとだめになってしまうからとりあえず夕飯を食べて眠る。渦中にいる瞬間は永遠のように思うけれどすべてがいつかは過去になる。わたしにできることは丁寧に向き合ったりたまには逃げたりしながら、ゆっくりと終わらせていくことだけだ。目を逸らし過ぎても見つめすぎてもこころに靄がかかる。わたしだけではなく、誰もが。

一月末に簡単な引っ越しをした。花壇に椿がたくさん咲いている。これからひらく蕾のすがたも、花壇の下に落ちた花弁もうつくしかった。祖母が送って欲しいと言っていたことを思い出してLINEで送る。小さい段ボール数箱に入ったわたしの荷物をまだ電気すら取り付けていない部屋に運んだ。新しい家は陽のひかりがよく入るのでうれしい。マユカさん(歌う魚のブッカーさん)がくれた海月のサンキャッチャーをひかりに当てて、うまれた小さな虹と一緒にコーヒーを飲んだ。生活はあっけなく変わっていく。それはつめたいやさしさを孕んでいる。

2025.01.18

誰かの目に触れるかも知れない日記は、色を足してしまったり不都合なことは書かなくなってしまいそうで、書きたいのに書けないなと思っていたら1年が経ってしまった。こんなことばかりです。おととしの11月から手帳にみじかい日記を付けている。毎日決まった時間に書くことは出来ないからまとめて書くときもあるけれど、見返すと一瞬で過ぎ去ったように思う日々をひとつずつ鮮明に捉えることができて、確かにわたしが生きてきたんだなと思える。気を抜くとすり抜けていってしまう瞬間を出来るだけ掴んでいたい。

年が明けて18日も経つとみんなすらすらといつもの日々に戻っている。クリスマスも年末年始もぜんぶ夢だったのかも知れないとすら思うのに、カメラロールにはすべてが残っていてふしぎだ。ばたばたとしていたお陰でゆっくり1年の振り返りをすることは出来なかったけれど、無意識に背負うリュックの中身をいくつか置いてゆくことは出来たように思う。今年も生き抜きたい。やりたいこと、やらなくてはいけないこと、どちらもあるからもっと体力をつけないと。 これを最後まで読んで下さった方が居ましたら、とってもありがとう。遅くなりましたが今年もよろしくお願いします。たくさんたくさん屈んだ分、どこまでも高く飛ぶよ。

わたしのすきなもの

夏、入道雲、植物が日光に触れて落とす影、白い壁、室外機、からっとした晴天の空、涼しい風がのせる誰かの家のご飯の匂い、たまにうるさすぎる蝉のこえ、遠くに聞こえる電車の走行音、冷房のきいた部屋でくるまる毛布の絹ずれの音、キャンドルのゆらめき、偶然通った道で見つけるかわいいフォント、住宅街に咲く花、ちいさい本屋さん、浜辺で聞く波の音、サラサの黒ボールペン、行ったことのない場所や街に行くこと、丁寧にマニキュアを塗るとき、ちらちらひかる木漏れ日、晩ごはんを食べたあとの散歩中に聞こえる虫のこえ、茹でたとうもろこし、手紙を書くこと、電車内におちるひかり、開放弦の多いコードの平行移動、学校が休みの日に入る校舎、 好きなひとたちがわたしの目を見てわらってくれること、おひるに食べる冷えた素麺、太陽のひかりがうすく透けた花弁、待ち合わせの五分前、花火がきらめきだけをのこしたあとの空気、細胞のすべてが弾け飛ぶほどの轟音、あたらしい服に袖を通す瞬間、働いた後に飲むビール、花束(貰うのも送るのも)、突然思い立って向かう海、大好きな友達や先輩と話したりお酒を飲んだりすること、入浴剤入りのお風呂、陽の当たるベランダ、夜のはじまりのネオン、ピンクとブルーの混ざった色、ガリガリ君の梨味、相対したものが混在すること、指の隙間を埋める瞬間、歌をうたうこと、つくりだすこと

よく晴れた日の海のきらめきはこの世のひかりのなかで最もうつくしく感じた。きみの伏せた睫毛が落とす影をいつまでも見ていたいと思った。

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ぜんぶ置いてゆく

安っぽいメロンアイスの蓋のいろを未だ覚えている。朝四時の磯丸水産は多分わたしたち以外誰も居なかった。クリアできるまでコンティニューしたホラーゲーム。たぶん言い出せなかったのかも知れない、解散二十分前に話してくれた大事なお話し。愛しい温度だけがこもった瞳にうつるひかり。なんかあってもなくてもいつでも連絡してきてね、のLINE。ほんの少し先の遊ぶやくそく。今日は何が食べたいか聞いてくれるひとは最近ほぼわたしより早起きで、常に回っている換気扇の音が変に心地良かった。やさしいひとがわたしのことをやさしいねと言ってくれる。ぴんと来ないけどわたしが思うやさしいひとがそう言っているのだからそうなのかなあ、と思う。西加奈子さんの「うつくしい人」の"私は誰かの美しい人だ。私が誰かを、美しいと思っている限り。"という一文を思い出す。

年々高くなる波のしずめかたが分からない。堂々と他責にできる自信も無くずっと後味が悪い。伝えることが下手すぎて、ひとに伝えたいことがあるときは何行も何行もノートにいまの気持ちや伝える順番を書いてからじゃないと話せない。でも伝え続けなければ何も変わらない。虚空に呼びかけ続けているような感覚がつづく。跳ね返りのない壁のようである。無自覚な共感も、明らかに軽視した態度も、わたしを削いだ。教室の端と端くらいの距離だった黒い靄はもうふたつ隣りの席まで侵食している。

もうかなり前になるけれど、ある人にわたしの人生すべてを助けてもらったことがある。今なら全部おかしかったことが分かるが、そのときのわたしはおかしいと分かりながらも恐怖で離れることができなかった。誰にも助けを求めることが出来ず、色んな間違いを犯していちばん大事な人を傷付けた挙句、最後の最後、どうにもならなくなって初めてすべてを話して助けてもらった。あのとき助けて貰えなかったら未だにわたしは真っ暗闇に居たかもしれないと思うとぞっとする。ひとりじゃ何もできなかった。気付くことすら出来なかったかもしれない。話せるうちに話せるひとに話をすること。その件以来ひとに相談をしたり自分の気持ちを聞いてもらうことが増えた。聞くことも同じくらい増えた。その度皆あたたかくてやさしいなあと思う。何気なく宙に浮かべたであろう一言に、行動に、どれだけすくわれただろう。もらったやさしさがわたしの力になって温度になって歌う瞬間すべて放たれる。うたを歌うときはすいすい泳ぐことが出来る。ほんとうを知れない、知れなくてもわたしは歌うことしか無いと自分の歌うすがたを見返して思った。どんな時もわたしは歌をうたう。うたえなくなってもたぶん歌う。だから全部置いてゆく。これまでのわたし全部を置いてゆく。今年のやりたいことリストを書いているとき、わたしはわたしが生き生きとやりたいことを書けていてうれしかった。わたし自身がわたしの未来に期待できているのだ。わたしはわたしを生き延ばす。愛は目に見えないけれど、自分にも似た愛があればちゃんと見つけることが出来る。

1/17、梅田シャングリラ。どこに居ても音楽は鳴る。わたしはわたしの為に歌う。もしあなたにも受け取ってもらえたならとても嬉しい。今からでも間に合う。ぜんぶ置いてゆくよ。

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2023.4.29

日々をとりこぼしたくなくて、新しい年になってから毎日アプリで三行日記を書いている。三行と書いているけれど一行のときもあれば百行の日もある。一週間分を思い出しながら纏めて書くときもある。ゆるいけれど取り敢えず四ヶ月間続いていて、見返すたびに苦くもうれしくもなる記憶たちを束ねていることがすこし嬉しい。自分にとってマイナスなことは書かなくてもいいのに無意識的に書いてしまっているから、見るときの状態によっては心が少しだけ痛くなる。生きているなあと実感する。

今日はわたしの思い違いで予期せぬ一日休みになった。演ることに身体も精神も遣い切ってしまうのか、ライブの次の日は幾らでも寝れてしまう。何時間寝たのか分からなくなってから起きる。白湯を飲んでAmazonプライムを開く。三十時間後に配信終了になる映画の欄に観てみたい作品があったので観る。さいきん体調を崩して何十時間も布団に居る時間があったのだが、身体が元気なときに楽しむ休日はこんなにも有意義なのか。この世界にわたしと映画しか存在していないような気がした。時間という概念をすっかり忘れた、本当にたのしい休日だった。

見ず知らずのひとだけをフォローしているInstagramのアカウントがある。写真がメインのSNSではあるがキャプションをしっかり書くひとをよく見る。考えるひとの思想を覗く行為が好きだ。洗いざらいに心の内を吐き出す、いささか乱暴な文章を見るとうれしくなる。たいていそういう人は感受性が高くてかわいい。ぞっとするほどうつくしい写真を上げているひとも居て、保存する投稿が日に日に多くなっていく。YouTubeInstagram、ともだちが作った音楽、ひとに勧めてもらった音楽、素晴らしい映像、小説、誰かの文章やブログ、写真、などを見ているとうずうずする。何処に居ても作り手に回りたいじぶんを認識する。なにかを生み出したいとおもう。眺めているだけで居るには有り余る。突拍子も無いことを始めてしまうような気がしているけれど、どうせならやりたいことはやってしまおうと思う。芸術が好きだ。

2023.1.5

十二月は一週にいっぺんは更新するぞ!と思っていたのに全くもって達成できずに年が明けた。明けましておめでとうございます。忙しいことは有り難いけれど単にわたしの時間の遣い方の問題かも知れなくて。どうしよう。アクセス解析を見るに年が明けてから誰かがちょくちょくここを訪れて下さっているみたいです。本当ですか?信じられない。ありがとうございます。がっかりしていないですか?

年が明けてからなんと二回も初詣に行った。誘ってもらえるのってこんなにも嬉しいんだな。おみくじは一回目の結果を信じることにする。直感で、でも当たっている気がしたから。案外肩の力が入っていたこととか、自分が思う以上に重なってしまっていたということを、年始早々知った。悪いことではないけれど、むずかしい。自分のことは自分がいちばんわからないし、どうしても弱くて面倒くさい部分が顔どころかお腹の下辺りまで出てきている気がする。カメラのピントと同じで、近づきすぎても離れすぎても駄目なんだなと思う。ひとりなら平気だったのかも知れないけれど、在る痛みでもある。

脚の生傷は治っては増え、治っては増えを繰り返している。くちびるに見たことのない怪我?ができていた。もしかしたら去年のクリスマス辺りから乱れに乱れた食生活のせいかもしれない、十中八九そうであろうと踏んでいるのでとりあえずは断酒することにした。いつもYouTubeで沢山お酒を飲む女のひとの動画をよく観ているので、暫くはそうして過ごそう。今年の抱負というよりは密かな目標がことしは何個かあって、ひとつ挙げると、去年に引き続きたくさん笑って泣いて悩んで、たまには怒って、豊かに過ごすこと。怒りの感情はわたしの中である意味いちばん大きな感情だと思う。バンドの中のわたしも、わたしというひとりの人間としても、やわらかく尖った針のように生きたい!よければ、末永く。今年もよろしくお願いします。

2022.12.13

太陽みたいなひとがすごく好きだ。月のようなひともすごく好きだ。ハナレグミ的表現になってしまうのだが、わたしの心の真ん中を射止めることにこれ程ドストライクな表現が他に無いので引用させて頂くと、真昼の月のようなひとがものすごく好きだ。よわいままつよく在ろうとするひとが好きだ。口以外の全てで好きを語ってしまっているひとのことも好きだ。でもたまには口から出るそのひと自身の言葉が聞きたいよね。わたしの好きなひとたちはみんなそれぞれにちょっとひねくれていて可愛い。まったく器用じゃなくて可愛い。素直じゃなくて可愛い。毎度言っている通り素直さは大事なのだけど、ごく稀に素直では無いのにしっかりと伝わる何かが感じられるとき、愛おしいなあと思う。心の奥底がココアみたいにほこほこする感覚。あたたかさそのものを感じたときにもっともっとそのひとを知りたくなる。大半のひとが皆そうだろうけど、そういうひとたちの笑った顔が好きだ。この前いつもお世話になっている女の子と飲みに行ったとき、うまれたての赤ちゃんを見た瞬間のようなわらいごえが漏れてしまって吃驚した。可愛すぎてたまらなかった!いま自分が置かれている状況、例えばつらいことやかなしいことがあったとして、それでもそのひとのわらう顔を見るとつられて笑顔になってしまうことって、訳が分からないくらいにしあわせだ。ひとは鏡、という言葉がある通りよいひとばかりを好きになることができるわたしもよいひとなのかも知れないな。こういうことを言うとメンバーにはつめたくあしらわれるのでここに書くだけにしておく!一週に一回の更新が滞ってしまっているけれど実は隙間隙間でちょくちょく書いていて、なので文章が溜まるのが遅いだけなんだ。アクセス数が去年よりものすごく伸びていてうれし恥ずかしい。ゆっくりですがたくさん書いているので良かったら暇なときに読んでね。いつもありがとう。

昨日念願のスイーツパラダイスに行った。久しぶりに気持ち悪くなるまでケーキを食べたらすごく気持ち良くて。飲み過ぎたあとに似た臓器の気持ち悪さは正直かなりあったのだが反比例で心は晴れやかになった。こころの栄養は大事。夜になっても全くお腹が空かなくて脂質の腹持ちを実感する。学生の頃は入店後即ケーキをお皿いっぱいに取っていたのに、今回は先ず汁物、サラダ、それからパスタ…と段階を踏めるようになっていた。成長! あんなに食べたのに次の日コンビニでスイーツを見たときに美味しそうと思えてしまうじぶんがちょっと怖かった。小さなことでも自分のやってみたいことをしっかり叶えていくこと、死ぬまでやり続けたいな。