Sleep tight

ステエションズ vo,gt

2020.05.12

身支度をする母の物音で起きた。付けすぎたチークがすこし浮いている。起きたわたしに気付くと鞄から写真を渡された。97年のものでテーマパークで撮ったもの、ホテルのオブジェと撮ったもの、喫茶店で撮ったものの3枚。20代の母は輪郭や身体がすらっとしていて、白い無地のオールインワンを着ていた。以前のわたしのように髪が長い。別の写真には白いTシャツにワイドパンツで写っていて現代で流行っているシルエットと同じだ。誰かから聞いた流行は繰り返す、という言葉が顕著に表れていた。狐や猫のようなちょっと鋭い目をしている。喫茶店での1枚は不意に撮られたのであろう顔をしていて、今のわたしにそっくりだ。母は 若い時の写真、新婚旅行かなあ と言いながら目線は下のまま、用意を続けている。見ると日付は結婚式の5日後だった。恋人から夫婦になったばかりのふたり。どんなに幸せだろう。「母」になった母しか見たことのないわたしは、そこに写る「女」の母に何となく安堵した。わたしの知らない母。これから先の未来や、産まれてくるわたしを想う母。シャッターを切る父はきっとやさしい顔をしていたんだろうな。わたしが存在する前の世界、わたしがわたしとして産まれるかどうかも分からない世界が在ることが不思議だ。じゃあ行ってきます と言って母は出ていった。揃えられた前髪のせいか若いときより幼く見えて、表情もまるくなったように見える。今月は母の誕生日だ。いつまでも、いつまでも笑顔のまま居て欲しい。